ニートアイランド現象
ほとばしるいじめてオーラをエコロジー路線で活字にするための徒然。短めのを載せてみたりします。長いのは暖め中。

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僕のルナティックあるいは自己の保存計画(1)
エヴァのパクリってわけじゃないです(ホントダヨ)
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箱型の友人について(2)
あれから「赤い雑草」が恋しくて道端の雑草を踏めない生活をしていました。「赤い雑草」とは僕が生まれて初めて「小説を書くぞっ」と意気込んで書き初め、18ページで投げ出した話です。病院の美しい中庭で突如生まれた、人語を離す雑草と入院中の少女とおばあちゃんと杉山君の話です。
別段天才でもなんでもないただの人が書いたはじめの一歩だから、たいした価値があるわけではないけど、とても大切なものでした。なくなってから気づきました。きっと、友人や恋人や家族や、言葉にできないいとしい人が、五指も電波も届かない彼岸に行ってしまった時、こういう思いをするのだろうと少しだけ分かった気になりました。あるいはそのとき、は、今よりももっともっと鮮明な痛みと苦しみを背負うのだろうとも考えました。
この四日間、自分の部屋に入るたびに失うことが想起されて少しだけ耐えられなくなっていました。
カラオケに行ったり友人の部屋に止まったりすると忘れられるのですが、いざ自室に戻るとわずかなしこりがぷつぷつと痒くなってきて不安になるのでした。それは単なるPCたんのことを超えたもっと根本的な喪失への畏れにも似ていました。



そしてPCたん瀕死事故から四日目の今日、夜11時ころ。
電源のボタンを押すと、泣き声のようなファンの回転とともに、起動画面が表示されたではありませんか。ひゃっほいっ。
実に20分かけて、立ち上がってくれました。デスクトップもいつもの夜の森と月の風景画のままで(たいていは風景画か幼女のどちらか)
データーもまったくとんでいませんでした。僕はさっそく「文字塊」フォルダをコピーし、USBに移しました。「赤い雑草」とその他文章がUSBに無事サルベージされました。
ささくれが取れて皮が少しだけ再生したみたいに背伸びをしたとき、ああよかった、本当にと思いました。
あるいはPCたんは、僕の気持ちを電波で察知したのかもしれません。確かめるすべはないし、非科学的なことは信じないのだけど、偶然だって解釈はたくさんあるから、今はこれでいいのかも。


そしてごめんよ。あとお疲れ様。
修理に出したら、仙台には持って行かないで実家で少し休ませようとかおもってみたりしてます。まあ心変わりしたら夏に持っていけるだろうし。ブログの更新はどこででもできるしね。手塚治虫先生だって漫画は割り箸でも書けるっていってたし。漫画家じゃないけどね。
どちらにせよ、彼とはしばしのお別れってことになります。
ありがとうPCたん。



・・・余談ですが、文書を写した後、3年分ためたり消したりして残ったエロ画像1Gを、DVDに焼こうかって思ったんすよ。んで「じゃあ画像整理すっか」って、フォルダ整理してたら、PCたん、つるつるの泣き声あげてフリーズしたんですよ。そりゃもうぴったりって。
ほんとうに、文書だけサルベージするために最後の力絞ったのかもしんないな。





なんてね。





箱型の友人について(1)
・・・なんか、PCが瀕死です。終了プログラムが働かなくて、三十分くらいたってもファンが回りっぱで、ってゆーかいつもよりよけいに回ってません?ってな感じに止まる気配すら見せてくれません。先月から同じことがあって、大丈夫か?って心配しながらエロゲを控えつつ(ホントダヨッ)TOMEエディターでメモメモしてたわけなんですけど、ここ一週間は本当に終了してくれない日々が続いていました。修理関係のサイトを調べたんですけど修理費がかさむのもあれだと思い、結局何もしなかったのがいけなかったのだと思います。今しがた息絶えたようにファンを唸らせて静かになりました。


青春時代を共に過ごしたPCでした。主にエロ画像とインターネットとエロゲばっかりのどうしようもないPCでした。でも、高1の1月17日
に僕を小説に駆り立てたのもこの子でした。勉強も運動もする気がなく、ゲームも規制されて友人も少なくて、ただ篭って本ばかり読んでいて、ほかは何もかもが嫌になっていた僕に小説という手段を与えてくれたのもこの子でした。




学校をさぼったある日、数少ない友人からのメールに「いや、小説書いてた」って嘘をついて。それをホントにするだけの力をくれたのもこいつでした。その日の深夜二時から「そういえば俺小説書いてたんだっけ」って、独り言ごちて、もそもそと布団から出てキーボートをたたいたのを覚えています。赤い雑草ってタイトルの、雑草の一人称の話です。一週間くらいかけてやっと十八ページまで書いて、そのまま挫折して放置していた話です。半端な形のまま今まで残していたけど本当の意味で初めての小説です。ワードの漢字変換でやっとこさ18枚までこぎつけて結局完成しなかった僕の最初の一歩。


消えてしまう恐さを知って後悔してます。そしてごめんな、PC。


今、このこが壊れそうになって、モノが駄目になる以上の喪失感めいた何かが僕の内面に痛く食い込んでいます。
懺悔がしたいのか、言葉にして贖いたいのか、自分がぐるぐるとしておちつかないのですが、この日記はもう少し続くと思います。
あるいは友人を本当の意味で失うことと同じだと、心のどこかで考えているのかもしれません。



それにしても文章って何日も使わないと本当に鈍るな・・・。
とりあえず今は、そう感じるくらいましになったのかもってことでひとつ。




I love glasses
突然、自分はメガネを置くための土台に過ぎないなんて思い始めて、本当はメガネって言うものは人間の作り出した叡智の結晶に見えるけど実は、メガネこそが人格で、誰もが生まれながらにココロのメガネを持っていて、その叡智とは生まれながらの無意識を物質に昇華しただけのものなのではないか、実はすべての生物は発生の当初から意思とか本能にメガネを持っていて僕らはメガネの意思によって行動や知覚を行ってるんじゃないのか、なんておもったりして、でもそうするとメガネって名前をつけたものは名付け親の人間からすると作り出したもの以外のなんでもないから
メガネは物以外のなんでもないのだけど、つまり僕が言いたいのは誰もがココロの中にメガネっぽいなにか(世界を見るための窓的な)を持っていて、その窓によく似たメガネこそがココロを物質化したものなんじゃないか、って思ったんですけどそうするとなんだかメガネじゃない人に失礼だし、というかためしに「メガネこそが精神と物質を繋ぐ偉大なものなのだ」って叫んでみてもなにも何か悟ったような感じもなかったしそもそも悟るなんてよく考えたら危ないことだなあって思ったりして、けど話をそらすのは駄目なのでメガネにもどすのだけど。


つまりココロの窓の物質化したものがメガネでありココロと物質界(世界全般ともいう?)を繋ぐものがメガネ(=ココロの窓)だとすれば僕が物質昇華されたココロの窓を崇拝して「やっぱり俺、メガネ置きだったんだ」って思うのも頷けるわけなのです。


ここから今までの妄想仮説をもとにすると
「初めに言葉ありき」
~創世は神の言葉から始まった~(しかしその神という言葉を生み出したのは人で~なんたら~)
という言葉も、世界をココロの窓で見、観測し、発音による物質と音声のリンク(物質の決定)から始まった言葉の発生から、神という言葉が生まれ、なんたらが生まれ、文化が生まれたのなら、世界を見つめるココロの窓(すなわちメガネ)こそがすべての開闢であるからして「初めにメガネありき」なんて格言が生まれてもいいわけなのです。


このことを思いつきさっそくメガネ様に問いかけてみましたが反応がありませんでした。
まだまだメガネには知られざる秘密があるようです。



※筆者は怪しい宗教団体および危険思想、虚言妄信者とは一切関係ないです。ただメガネの神秘について語りたかっただけなので、そこのところのご理解をお願い申し上げます。

メガネ

命題(1)とかいうかっこつけは所詮ファッションだからホンモノには勝てない
銀魂の題名の雰囲気とかパクって見ました。やはりホンモノには勝てないです。

というわけで命題(1)

子供A
「お前ばっか苦しいわけじゃねえんだようんこ」
子供B
「はっ、じゃあお前だって自分ばっか苦しいみたいいってんじゃねえか。死ね!
子供A
「なんだとうっ」
子供B
「キモいって言ったんだよインダストリアルワーストっ」
ポコポコポコ。(なぐる音)
子供A
「お前なんか絶交だ」
ポコポコポコ(なぐる音)
子供B
「コッチから願い下げだねっ」


夕日をバックに家に帰る二人。いつもより早く家に帰る。
お互い少し暇をもてあまし、夜は自分の布団の中で相手のことを考えたり、「あんな奴っ」とか思ったりする。
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