ニートアイランド現象
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理性
 
 無意識の状態で体が何かに操られたように勝手に動いて、何らかの作業をした記憶というものは今まで生きた中でもまったくなくて、理性が介入しなきゃ何も出来ない僕は、世の天才のもつ、「そうなるべくしてなった」とか「野球観戦してたらふと小説が書きたくなって~」云々の、なんらかの天啓みたいなものを味わったことが無いのでした。ひらめきはイッパイあるけどね。精神1でひらめき使えるけど、spが20しかないみたいな。つまり僕は常に理性が介入しなくちゃ何もできないわけで何処までも能動的に脳みそを働かせないとなにもできない人間なのでした。
 そしてめんどくさがりな僕は能動的受動的に関わらず、行為そのものに対してイチイチ抵抗のようなものを示すからその行為に至るまでの何らかの理由とか、理屈とか、言い訳みたいなものが必要で、毎度毎度その言い訳を考えるのに必死なわけです。
「あれ、俺何のためにこんなことやってんの?」
「こんなことやって幸せになれんのでしょうか?」
とか考えて、納得いかないときなんかは布団にもぐりこんで夢の世界に逃避するわけです。それがまた自らを二ートと称する所以でもあるのですが、ではその理屈づけが完了したらどうなるのだと聞かれたら、さあどうでしょうとしか答えられないのでした。
 二月一日に社会復帰の試験があって都会まで出向くのですが、イマイチ緊張などはなくて、受かりそうだしそれなりに努力してるけど堕ちてもへこまないだろうなというのが正直な僕の今の気持ちです。
 もしかしたら、生きていて理屈付けに終始するうちに「もうそれさえもどうでもよくなっちゃったんではないのか?」とさえ最近は思うようです。
 最近は理屈ではなくて傲慢な、僕がやりたいか否か、みたいな我侭で行動しているような気がするのです。
 以前、生存行為にあたる義務を怠っていたときは「ごはん食べないからいいよ」といって義務を怠る権利を勝ち取ってきた(詭弁を駆使して無様にやりすごしてた)のですが最近はなんか少し頑張ってるくせにごはんをあまり食べない自分がいるのでした。あきらかに自分が損するのになんか食べたくないって言う感情重視みたいな。
 ある意味で素直に我侭を言えるようになった自分に感動してるのかもしれないです。我侭の使い方が明らかに違うけど。
 とりあえず、自分でも意味がわからなくなったので今日は寝ることにしましょうか。
 でも少しずつ我侭になれて、よかったっては思ってますよ。



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