ニートアイランド現象
ほとばしるいじめてオーラをエコロジー路線で活字にするための徒然。短めのを載せてみたりします。長いのは暖め中。

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プラス思考
世の中にはどうにもならないことがたくさんあります。
そういうことが永らく続けば、拗ねて駄目になる人もいます。


ですが三年ほど前から徐々に書物を読むたしなみを覚え、妄想力と脳内保管を幼少期以上に培ってきたせいか最近では「誰から見てももう駄目だろ」みたいな事柄もプラス思考で考えることが出来るようになってきた実感があります。


ところで僕は幼稚園次第を含めていままで四回恋をしたことがあるのですがすべて
告白→「ごめんなさい」or「友

達なら・・・」→自然消滅

という結末で終わっているのでした。

「そんなにひどくは無いと思うのにね・・・」と整骨院のおねいさんや歯医者のおねいさんに言われたことはあるのですがやはり二ートであるという精神的不自立が女性の目には芳しく映らないのでしょう。


話は戻ります。


何故僕がもてないのでしょうかという話です(ということにしておきます)

「好きです」→「ごめん・・」の負の永久循環から逃れるために先日、生み出したプラス思考です。

そうそれは

僕が恋をした人はみんな百合

だったんんだ

理論。

※百合:女の子が好きな女の子のこと。禁断の花園というイメージがあるが僕が知る男性は皆好きだったりする。

この理論を用いればすべてのモテナイ男子は救われるのではないかという気さえしてきます。

「振られた・・・でも百合だった。萌ぇ~」

フラれたのになんか嬉しい。
自分をフッた女の子も許せる。
まさに完全理論。

ということをかしましをみながら考えました。いっしょにみていた妹に説明しました。「ウワキモ」とか言われました。


はずむ君がかわいいので許すことにしました。
百合のちからは偉大です。


今日の腹筋回数 0回


水谷先生の、講演会
また鬱話なので、耐性無い人は御注意。




水谷先生の講演会に行ってきた。

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世界の中心
警告)すげー鬱なので注意。



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not鬱(注、くだんねーから読まないほうがいい内容)
最近鬱が来る周期が減った。
ここで一つ断っておくが、僕の言う欝は俗に言う抑うつ症状ではなく、病気一歩手前の症状である。(抑うつの強い感じ)書籍に掲載された症例に当てはめた限りでは少なくとも疑いようがない事実である。僕の杞憂というか、究極の勘違いでなければそのはず。
具体的には
・夜、眠れない
・ごはんを食べたくなくなる
・ベットから起きれない
・体を動かす気にならず、永遠、うまくいかないヴィジョンを反芻している。
・手元にある活字が頭に入ってこない
・書籍が手元にあるのに読む気がしない
・記憶力の低下
・音楽の歌詞を聴いて嫉妬する
・物語の主人公に嫉妬する
・幸せな奴に嫉妬する
・うまくいかない自分を殺したくなる。元気がないので実行できない
・太陽に当たりたくない
・ふと、慣性が停止し、ところかまわず道端とかでも動けなくなる
・もちろん活字も紡げなくなる

では何故鬱周期が減ったのかというと、生活が安定してきたか、あるいは報われない生活が当たり前になったせいで小さなことに幸せを感じることができるために、鬱だの死ぬだのいうのがバカバカしくなったというのが最も適当なところだろう。
道端でこけても恥ずかしくない。検定落ちても悔しくない。怒られても別に何も感じないし。
残っているのが、罪悪感とかお金の問題とかその辺なので生活意欲などの物質的欲求は欠落していないのだけど、負けても悔しくない思考は人間的に欠陥だと自分でも思う。
さてここらで、「自分で自分のこというから、自称冷めた人ですかくだらないですね」という意見が生まれるのでしょうけど残念。僕自身強度の人間不信で、生の感情のぶつかりあいの場合、「次コイツはこういうネガティヴな発言をしてくるっ」と身構えて揚げ足を取るタイプのひどい奴なので。なにしろ半端ない過剰な自意識と人間不信であることを露呈していて、それを性質の悪いことと自分で自覚した上で直そうともせずブログにしているのですから。自分の腐れ具合が見え隠れどころか存分に発揮されてる上で隠す気もない性格の潰れ具合。
もちろん友人や他人に口当たりよく接するのは自分に自分をよく見せるためであってそれ以上の理由はない。きわめて自分本位人間です。
欝だったときに誰も助けてくれなかったゆえに強度な自意識と身構える反射速度が成長したとでもいうのでしょうか。
だからと言って友人を信じていないかといえばそういうわけではありませんがね。
長年付き合った人間に対しては大分心を開くくらいには健常だし、なにより僕は裏切られてもそれも当たり前だって思えるからたいていのことなら許せる。
僕の感情は痛みとか通り越してどうでもなくなった上でのHP0のゾンビのようなものなので。
誰に対しても心を開いてるつもりになって同時に誰にも心を開けないでいる。自意識自意識な黒い塊。
いい奴には本当は接していて申し訳なくなってくる。会話してごめん、みたいな。腹黒いまま言葉を交わしてごめんみたいな。

だから僕はせめて半端なく自虐して自分を戒めなきゃいけない。徹底して常に心の中で牙を研いでる文だけ相手の行為ベクトルを出来る限り受けてやらなきゃいけない。
それがマゾの理由でもあるんだけどね。
事実、感度もマゾ気質なのだけどそれはまた別の機会に。
ちなみに手首切りました。薄く。血が沢山出て、その上に良く判らない薬品かけたらすんごい被れてかゆい感じ。ぷちぷち出物が出てます。ちょうどいいや。



適当臭さ
今現在の僕の部屋は適当という言葉がしっくりあてはまるくらいのエントロピーを(熱力学第二法則のなんたら。乱雑さの度合い。適当な筆者の力量を補えるカッコいい単語)見せ付けている。
床に散らばった書物、書物。チャイナドレス。ガシャポンのカプセル、エロゲーの箱、ブロック、ソプラノリコーダー、将棋の香車、プロットのルーズリーフ、リストバンド。
最近、適当であることを言い訳にしている自分がいる。
適当に行っていることで駄目になったときの言い訳をしているようにも思える。駄目になることなんて恐れてないのが本心だとしたら、その適当であること周囲に知らしめるのはやはり周囲の視線を気にする自意識の発露であるだろうと予測できる。
適当に勉強して。
適当に夢追っかけてってね。はぁっ?ていう。適当にくたばるって言うオチしか見えないね。
そうなれば謙遜も卑下も自虐も中途半端な奴のたわ言に思えてくる。
かくなる僕は今日の講義をサボりましたが。
そういうことで駄目になる言い訳してるんでしょうかね。
その空いた時間で譲れない何かに労力を注げれればいいのだけど。
本当にうまい奴は忙しい中でも時間あるよんって言ってのけてすらすら偉業を成し遂げるわけなのでやはり僕も適当に野垂れ死ぬタイプなのですね、と、納得。
ここで「じゃあなんでそこまで理解してて講義さぼったりするのん?空き時間なんてうまく使えてないくせに!」という壁に突入しますが、残念ながらその先の回答は「めんどかったし」というきわめて非倫理非生産的な「適当な受け答え」に行き着きますので残念。自分の適当な受け答えを倫理証明することができずに撃沈します。
禅門等などに答えはないのですよ。また適当な言葉の弾幕張って逃げますわ。
強くなりたいよ。おじいちゃん!

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